リンクをコピーしました

厚みが3、4センチはある本を両手で押さえて没頭する読書は、他のどんな行為よりも背骨に負担をかける。私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、ーーー5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。その特権性に気づかない「本好き」たちの無知な傲慢さを憎んでいた。[…]

こちらは紙の本を1冊読むたび少しずつ背骨が潰れていく気がするというのに、[…] 紙の匂いが、ページをめくる感触が、左手の中で減っていく残ページの緊張感が、などと文化的な香りのする言い回しを燻らせていれば済む健常者は呑気でいい。出版界は健常者優位主義(マチズモ)ですよ、と私はフォーラムに書き込んだ。軟弱を気取る文化系の皆さんが蛇蝎の如く憎むスポーツ界のほうが、よっぽどその一隅に障害者の活躍の場を用意しているじゃないですか。

市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋、2023年)

トイレに行ってインスタントコーヒーを作って戻ってきた私は酸素飽和度が97に戻るのを待ってからiPhoneを手にする。

<中絶がしてみたい>

暫く考えてみて、そのツイートは下書き保存する。私はノートパソコンのブラウザからEvernoteを開く。炎上しそうな思いつきは取り敢えずここに吐き出して冷却期間を置くのだ。

<中絶と妊娠がしてみたい>

<私の曲がった身体の中で胎児は上手く育たないだろう>

<出産にも耐えられないだろう>

<もちろん育児も無理である>

<でもたぶん妊娠と中絶までなら普通にできる。生殖機能に問題はないから>

<だから中絶と妊娠はしてみたい>

<普通の人間の女のように子どもを宿して中絶するのが私の夢です>

[…]

1996年にはやっと障害者も産む側であることを公的に許してやろうよと法が正されたが、生殖技術の進展とコモディティ化によって障害者殺しは結局、多くのカップルにとってカジュアルなものとなった。そのうちプチプラ化するだろう。

だったら、殺すために孕もうとする障害者がいてもいいんじゃない?

それでやっとバランスが取れない?

市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋、2023年)