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まず、神を特段設定していないヒトにとって、善悪は決定的なものではありません。善とは〝共同体が目指すものを促進するもの〟、悪とは〝共同体が目指すものを阻害するもの〟に結びついていることが殆どで、ひどく流動的です(一方、神を設定していれば、自ずと善悪も固定されます。キリスト教徒にとっての善悪は聖書に、イスラム教徒にとっての善悪はクルアーンに、それぞれ記されています)。

たとえば殺人。現時点の日本で殺人は悪です。ですが死刑は認められています。国家という共同体の均衡を保つための行為ならば、特定の個体を殺す行為は悪ではなくなります。

つまり、同じ行為でも、共同体にもたらす影響によっては善にも悪にもなるのです。そして、悪とみなされた場合、所属していた共同体から追放されうるのです。

朝井リョウ『生殖記』(小学館、2024年)

「何か、よほどのことがあれば、人を殺してもいいという考え自体を否定することが、殺人という悪をなくすための最低条件だと思う。簡単ではないけど、目指すべきはそっちだろう。犯人のことは決して赦さないだろうけど、国家は事件の社会的要因の咎を負うべきで、無実のフリをして、応報感情に阿るのではなくて、被害者支援を充実させることで責任を果たすべきだよ。いずれにせよ、国家が、殺人という悪に対して、同レヴェルまで倫理的に堕落してはいけない、というのが、俺の考えだよ。」

平野啓一郎『ある男』(文藝春秋、2018年)

「ずっと振り回されて生きてきたのに、これからも我慢し続けるなんて無理だよ。そんなのわたしの方が死んでしまう。わたしはママを殺さなくちゃ、自由に生きられないの! もう、ぎりぎりなんだよっ」

「じゃあ、梅野さんが死ぬしかない」

桐生が何でもないことのように告げ、可憐はひゅっと息を吞む。桐生の目には、どんな感情の波もない。

「ひとが己の手で終わらせていいのは、己の命だけだよ。他者の命は決して奪ってはいけない」

強い風が吹き、道路から小さな悲鳴が聞こえた。やだあ、髪が崩れちゃう。どこか浮ついた女の子たちの声がふわふわと響き、遠ざかる。

「絶対に、奪うだけではすまない。命の代わりに大きな罪と臭いを背負って生きなければいけないんだ。その苦しみは、奪って手に入れたものを軽く凌駕する」

そんなはずがない。殺さなければこの不幸から抜け出せない。そう言い返したいのに、言えない。可憐が、いつの間にか滲んだ涙を乱暴に拭うと、桐生が困ったように視線をさ迷わせる。

「ごめん、言い方が悪かったな。おれは喋るのがあまり得意じゃないんだ。ええとね、ひとを殺したって、ちっとも救われないんだ。苦しみが姿を変えるだけ。例えば……君はお母さんが憎いんだよね? でもお母さんを殺すと、今度は『母殺し』という別の苦しみに向き合わないといけなくなる。その罪が明らかになろうが、なるまいが関係ない。自分だけは知ってるんだから。そしてね、お母さんとはいつか縁を切ろうと思えば切れるけど、『母殺し』という自分の苦しみからは一生逃れられないんだ」

「だから、自殺するしかないってこと?」

愛を殺しても、愛との関係のかたちが変わるだけで離れられないというのなら、自分が死ぬしかない。新しい絶望に言葉を失う可憐を見て、桐生は「死ねって言ってるわけじゃなくてさ」と頭をがりがり搔いた。

「ごめん。おれの言い方が完全に悪い。命のやり取りまでしなくても、現状から抜け出せる道は絶対にあるってことを言いたいんだ。 […] 」

町田そのこ『蛍たちの祈り』(東京創元社、2025年)