物語的時間は、過去と現在をつなぐことで、一貫性を作り出す。例えば、いま自分が成功しているのは、過去の自分の努力の賜物だ、と考える。無害なときも少なくない。けれど、本章で論じたように、過去の亡霊に取り憑かれて動けなくなることもある。過去の自分のしたこと、できなかったことが、今の自分の苦境を作っている、と思い込むとどうだろうか。現在は変えられるかもしれないのに、変更可能性を見逃してしまう。物語的時間にはリスクもあるのだ。
非物語的な精神医学アプローチについて研究しているサリー・ラサムとマーク・ピンダーは、人生を物語とすることを批判する。自己が自らの人生を語る過程で、当事者としてだけではなく、あたかも他者が自分を評価するかのような二人称的な視点を内在化する。これは一見すると自己理解の深化をもたらすかのように見えるが、同時に自己の感覚や記憶が外部の期待や社会的規範に染められるリスクがある。つまり、自己が自分自身の物語を構築する際、その物語は必然的に自己の意図や価値観だけでなく、他者からの評価というフィルターを通して再解釈されるため、真の自己がかすんでしまう可能性があるのだ。
難波優輝『なぜ人は締め切りを守れないのか』(堀之内出版、2025年)