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「母さんは小六のときにも『そういう子なので』と言ってくれた」

苦い記憶が思い出されて、のどの奥が苦しくなる。

「ごめんね、あのときはそう言うしかなかったから……」

「わたしはうれしかったんだ」

思いがけない評価に、「へっ?」と変な声が漏れた。

「そういう子だって認めてくれているんだとわかったから、卒業文集にも『二百歳まで生きる』と書けた」

宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』(新潮社、2025年)

私はティッシュを二枚とり、すばやくとんとんしながら、保育園のときにもこういうことがあったなあと思い出して、人間って変わらないなあと主語を大きくしながら恥ずかしさを誤魔化すための感慨にふけり、でも、他人と一緒に住むって、失敗を笑ってもらえるということでもあるのだなあと、うれし恥ずかし感じ入り、そういう、私たちの、はじめての夜だった。

小原晩『これが生活なのかしらん』(大和書房、2023年)

ここで感じる不快感と安心感は両立している。この先どうなるかということ──つまりは刑期が満了したら外に出られるということ──がここでは担保されており、その保証が安心と不快を伴っていたのだ。今まで気が付かなかったのが不思議なくらいだ。十年先、二十年先、自分が死ぬその瞬間までが全て決められていたら不愉快に決まっている。安心だが不愉快だ。こういうのが許されるのは刑務所だからだ。刑務所は制度だ。制度だけが未来を確たるものとして示すことができる。自分は遠くに行きたいと願いながら、一方で制度を希求していた。

砂川文次『ブラックボックス』(講談社、2023年)