小森はるかは震災後、すぐにボランティアで支援活動をするためにアーティストで友人の瀬尾夏美と東北に行ったが、彼女の記録映画を観ていくと、援助をしにいったはずの彼女たちが、いろいろな家に招かれ、食べ物をご馳走になったり、手土産にフルーツをもらったり、与える以上にたくさん受け取る姿が映し出されている。どちらが支援されているのか、わからなくなる。与える/受け取るという二項対立が曖昧化し、主客の転倒が起こる。
利他には必ず「他」としての受け手が存在する。だから利他を与え手の意志のもと百発百中で成功させることなどできない。それならば、利他行為を直接的に他者へと差し向けるのではなく、主体/客体、能動/受動が流動化していく、利他を生み出す可能性を高める環境を作ることに傾注する必要があるだろう。
「効果的利他主義」はこうした懐疑が前提としてほとんど共有されていない。利他は与え手が意志的に「起こす」ものではなく、受け手によって偶然「起きる」ものである。その可能性を高める環境は、ある程度意識して作り出せるのではないだろうか。
北村匡平『遊びと利他』(集英社、2024年)