「もっとちゃんとしなきゃいけないな」
円佳に、というよりも自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「どゆこと?」
「いや、だからよくわかんないけどちゃんと健康診断とかがあって、ちゃんと保険とかがあるっていうか、とにかくもっとちゃんとしたところに行かなくちゃいけねえなってことよ」
「なにそれ」、と円佳は笑った。
サクマは笑わなかった。結構真面目にそういう風に、半ば本気で思っていたからだ。サクマにとっては保険とか扶養とか、見るだけで言葉の意味と音とが空中分解するような単語を使いこなせることが大人になったりちゃんとしたりすることなんだ、と考えていた。二十年先三十年先を常に見通せるようになることが多分ちゃんとするということだ。
砂川文次『ブラックボックス』(講談社、2023年)