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『利己的な遺伝子』は「人生とは目的もなく空疎なものだ」と説く本ではない! 「あまりに深い誤解」の真相をドーキンス本人が語る

https://www.hayakawabooks.com/n/n856240d87503


  • 早川書房の note に、リチャード・ドーキンスの著書 『虹の解体――世界はなぜ美しいのか』の序文の抜粋が掲載されていた。

  • 掲載されている文章は、『利己的な遺伝子』をめぐって長年向けられてきた「冷たい」「虚無的だ」といった声に対し、ドーキンス自身がその誤解を丁寧にほどき直し、科学が本来もつ「センス・オブ・ワンダー」について語る導入部にあたる。


『利己的な遺伝子』をめぐる主な誤解

  • 『利己的な遺伝子』は救いがなく、冷たく、人生を空虚にしてしまう本だ。

    • 「科学が人生を意味のないものにする」という非難は根本的に的外れ。

    • 科学がもたらすのは、むしろ センス・オブ・ワンダー(驚異・畏敬)。科学的理解は「人生を意義あるものにする」とハッキリ述べている。

  • 科学的説明は人間の希望や意味づけを無視してしまう。

    • 人間の人生の意味や希望は「宇宙の究極的運命」ではなく、もっと身近な生活や感覚に根ざしている。科学はその希望を否定しない。

    • ニュートンが虹の詩情を壊したという批判(ジョン・キーツによるニュートン批判)も誤解で、科学は美しさを破壊せず、むしろ深める(美的経験を豊かにする)ものである。


改めて『利己的な遺伝子』を読み直してみると、「ここも誤解されやすそうだな」と思う箇所がもう少し見えてきたので、そのあたりをメモっておく。先日、浅井と『利己的な遺伝子』を酒のつまみに人生論的な話し合いをしたのだが、その前にこの辺りを整理しておくべきだった。(『虹の解体』も含めて整理した上で、また話そう。)

  • 遺伝子が利己的なら、人間も利己的であるべきだ

    • 「利己的」という言葉が倫理的価値判断を帯びて聞こえるため、誤読を誘発するように思える。(“selfish gene” を “selfish human” として読んでしまう。)

    • 「利己的」は、遺伝子レベルの生存戦略を説明するための比喩であり、個々の人間の倫理や行動を「利己的に生きよ」と指示するものではない。(「利己的」はあくまで説明装置であって、規範提示・倫理的メッセージではない。)

    • むしろドーキンスは「私たちは遺伝子の利己性を理解し、それに抗うことができる」とまで書いている。

  • 人間の行動はすべて遺伝子に決定されていて、文化や自由の余地はない

    • 「遺伝子中心の視点」が「文化・倫理・自由が否定される」と誤解される。遺伝子に支配される=決定論、と短絡的に読解されているのではないか。

    • ドーキンスは繰り返し、「人間は文化・学習・倫理によって遺伝子のプログラムを乗り越える唯一の存在」と述べている。

    • 遺伝子の自己複製戦略と、人間の文化的・道徳的行動はレイヤーが異なるので、「遺伝子の利己性」と「人間の利他性・共感」は矛盾しない。むしろ両立する。