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ブレワイやティアキンが、公式の時系列にうまく組み込まれていない理由について書かれた記事を読んだ。

この件に関しては、「世界をどう描くか」という「ファンタジーの哲学」が変わったということがあるように思う。

昔のゼルダでは、世界は神話そのものだった。神が世界を作り、その伝説や因果関係が、そのまま世界の秩序になっている。リンク/ゼルダ/ガノンも、キャラクターとして振る舞う前に、まず英雄/聖なる女性/魔王という元型(アーキタイプ)の役割を担っていた、という感じがする。人物性(キャラクター)よりも、役割・配役が先にある世界だ。

一方、ブレワイやティアキンの世界は、そうではない。古代文明があって、技術があって、それが崩れたり忘れられたりした結果として、いまの世界がある。世界の描き方が、「神話」から「仕組み」へと変化しているように感じる。

説明のされ方もはっきり変わっている。「昔々、神さまがやってくれた」的なものではなく、「その時代にはこういう文明があって、こういう技術があったからこうなった」と語られる世界になった。

神話は、世界を成り立たせる根拠というより、「かつてそう信じられていた物語」のような位置に下がっている。トライフォースの存在感が後退しているのも、この流れの証左といえるだろう。


【追記】 2025/12/24 23:00

この話を桃子にしたら、この動画を教えてもらった。