今日は台湾の冬至ということで、家で湯圓(白玉)を食べる日だとアンナから連絡が入る。夕方、鹹湯圓(湯圓入った野菜スープ)の材料を買いに高円寺の純情商店街へと繰り出した。セロリとパクチーが売り切れで、何軒か渡り歩いていると、商店街がそわそわとした師走の空気に包まれていることに気づく。ところで、日本では冬至は明日だけれど、台湾とは計算方法が違うのだろうか。
参考にしたレシピ: 冬至に食べたい白玉スープ客家鹹湯圓の作り方
鹹湯圓を煮込みながらM-1を見始める。
ファーストラウンド。エバースが強い。ネタのあと、審査員の講評を受けているときの佐々木の表情が印象的だった。緊張と高揚と安堵が混ざったような顔で、妙に色っぽく見えた。
僕は真空ジェシカを応援していたのだが、惜しくもファーストラウンド4位で敗退。導入部でガクが「車椅子テニスの選手が連続で車ネタを引いた!?」という、おそらくアドリブであろう一言を発したのだが、どうもそこからリズムが崩れてしまったように見えた。
真空ジェシカ、ヤーレンズ、あるいはヨネダ2000の敗退を見ていて、髙比良くるまの『漫才過剰考察』に書かれていた「2024年以降のM-1予測」がよぎる。お笑いファンが無意識のうちに身につけてしまった審美眼の死角を、すっと突いてくるような人たちが評価される時代になる、という予測だ。
本書の見立てによれば、M-1は、芸人を「上に見る=尊敬したがる大会」から、「下に見られる=愛される人たちが輝くような大会」へと変わっていく。その中で、「お笑いファンに人気でネタバレされている人たち」ではなく、「お笑いファンに人気がなくネタバレしていない人たち」が上がりやすくなる。加えて、その上で「ちゃんとプロフェッショナルであることが見える人たち」が評価されるだろうとのこと。
そうしてみると、たくろうの優勝は自然な結果のように思える。決して「お笑いファンに人気がない」とは言えないが、大阪で活動を続けてきたことがネタバレを防ぐように働いた、とはいうのはありそうだ。反対に、真空ジェシカやヤーレンズは、ネタバレの壁に阻まれてしまったように思う。