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台湾といえば、やっぱり肉粽(ちまき)だと思う。

あの笹の香りともち米のずっしり感が、土地の空気と結びついている感じがする。台北だったら王記府城の肉粽が最高だ。

そして今日、初めて気づいたのだが……

肉粽、コンビニでふつうに売っていた。

さすが台湾すぎる……!

台湾のコンビニ飯でいうと、僕がめっちゃ好きなのが麻油鶏(マーヨージー)のおにぎりだ。

麻油鶏とは、台湾のスープ料理である。それがおにぎりの具材になっている。どうだ、混乱するだろう。

でも食べてみると、ちゃんと米の食感の中から麻油鶏の味がしてくる。いったい何が起きているのか分からない。戸惑いと感動が同時に襲ってくる。

稲田俊輔が、日本料理で「旨味」が重宝されるように、南インド料理では「マズ味」(酸味やエグ味)がうまく使われている、と言っていたが、僕は台湾で暮らして初めて「苦味っておいしいんだな」と感じるようになった。

そのことを強く実感した料理が二つある。その一つが麻油鶏だ。このおにぎりがおいしいのも、麻油鶏特有の薬膳の苦味が味わえるからだと思う。もう一つは忘れた。思い出したらまた書こう。

冬に食べる麻油鶏は最高だが(この冬、僕は抑えきれず週三ペースで麻油鶏を食べ、露骨に太った)今日くらいの暑さだとちょっと厳しい。そういうとき、お手軽に麻油鶏の味を楽しむためのものとして、このおにぎりは本当に大発明だと思う。マジで痩せる暇がない。

台湾といえば、やっぱり肉粽(ちまき)だと思う。

あの笹の香りともち米のずっしり感が、土地の空気と結びついている感じがする。台北だったら王記府城の肉粽が最高だ。

そして今日、初めて気づいたのだが……

肉粽、コンビニでふつうに売っていた。

さすが台湾すぎる……!

台湾のコンビニ飯でいうと、僕がめっちゃ好きなのが麻油鶏(マーヨージー)のおにぎりだ。

麻油鶏とは、台湾のスープ料理である。それがおにぎりの具材になっている。どうだ、混乱するだろう。

でも食べてみると、ちゃんと米の食感の中から麻油鶏の味がしてくる。いったい何が起きているのか分からない。戸惑いと感動が同時に襲ってくる。

稲田俊輔が、日本料理で「旨味」が重宝されるように、南インド料理では「マズ味」(酸味やエグ味)がうまく使われている、と言っていたが、僕は台湾で暮らして初めて「苦味っておいしいんだな」と感じるようになった。

そのことを強く実感した料理が二つある。その一つが麻油鶏だ。このおにぎりがおいしいのも、麻油鶏特有の薬膳の苦味が味わえるからだと思う。もう一つは忘れた。思い出したらまた書こう。

冬に食べる麻油鶏は最高だが(この冬、僕は抑えきれず週三ペースで麻油鶏を食べ、露骨に太った)今日くらいの暑さだとちょっと厳しい。そういうとき、お手軽に麻油鶏の味を楽しむためのものとして、このおにぎりは本当に大発明だと思う。マジで痩せる暇がない。

台湾に来てから一週間。身体にいくつかの変化が現れはじめている。

【主な症状】

  • 指先のささくれ(3日目 夜〜)

  • 頭皮の乾燥と痒み(4日目 朝〜)

  • 顔にニキビ(5日目 朝〜)

【考えらえる原因】

食生活の変化。生野菜不足と油の過剰摂取が顕著だ。小吃店を中心の食生活をしているのだが、毎朝の蛋餅に加え、ここ三日は麻油鶏を連投している(うめえ)。さらに、街を歩けば香りに誘われ、衝動的に買い食いをしてしまう。栄養バランスだけでなく、食事のタイミングが崩れているのもよくないのかもしれない。口腔内のpHが酸性に傾いている時間も増えているので、歯の健康にも影響があると思う。

ビタミン剤を飲んでいない。日本では毎日飲んでいたのだが、持参し忘れた。そもそも気休め程度と思ってナメていたのだが、実は結構効果があったのかもしれない。ファンケルよ申し訳ない。台北で似たようなものを探してみよう。

湯船に入らない。これは大きい気がする。かつて僕はシャワーのみの生活をしていて、その頃は肌トラブルが多かったのだが、高円寺へ引っ越して近所の銭湯に通うようになり、肌質が劇的に改善した。台湾に来て再び湯船に浸かる習慣が失われた途端にこれである。お肌はデリケートだ。

やや睡眠不足。就寝時間は日本にいる時と変わらないが、仕事の開始を日本の同僚に合わせるため、時差の関係で起床が1時間早まっている。5時間睡眠が4時間になるのは、わずか1時間の差とはいえ20%の減少だ。また、この一年ほど習慣化していた昼食後30分程度の睡眠が、いろいろあってこの一週間は取れていない。そして、食後に茶を飲む習慣があり、その量が日本より圧倒的に多い。カフェインの過剰摂取のせいか、寝付きが悪いような気がする。

最近、ユーシュエンの家の近くに「罕多咖啡」という理想的なカフェを発見した。夜ご飯を食べ終わった20時くらいから閉店時間の23時半まで、ここで作業するのが日課になっている。

これまで、夜の府中駅付近でWi-Fiと電源を確保しようと思うと、選択肢はスターバックス一択だった。しかし、この辺りのスタバは21時に閉まってしまう。作業が勢いに乗ってきたところで追い出されてしまうことが多々あり、かといってその時間から台北市内に移動するのも億劫で、仕方なくユーシュエンの家に戻って回線の細いテザリングで作業をしていた。

そんな折、偶然通りがかった道で見つけたのがこの「罕多咖啡」だった。

広々とした座席に安定したWi-Fiと電源があり、作業環境としては申し分ない。スタッフの対応もつかず離れずで心地よく、行き交う客層もどこか洗練されていて、なんだか全体的に漂う空気感が心地いい。

そんな店内の上質な空気に当てられ、今夜の僕は「テラス席でMacBookを広げる外国人デザイナー」という役柄を担うことにしたのだが、これが大間違いであった。

この辺りは今日、真冬だというのに日中の最高気温が27度を記録した。どうやら、近所のボウフラたちが一斉に孵化の時を迎えたらしい。オシャレな外国人デザイナーも、産声をあげたばかりの彼らにとってはただの肉である。ふと見渡すと、店内は満席。テラス席で悦に浸っているのは、僕一人だった。

逃げ場を失った僕は、この新しい命の強烈な生への執着を、いま全身で受け止めている。

一月の台北は、冬であることを忘れたような強い陽射しがアスファルトを焼いている。日本の寒さから逃げてきた僕は、その気候に包まれる幸せを感じながら、ぼうっとバスを待っていた。

「おーい、そこのお兄ちゃん!」

不意に大きな声で呼びかけられた。声の主は、僕の目の前に滑り込んできた別のバスに乗り込もうとしている老婆だった。彼女の指は、彼女が買い込んだであろう荷物が縛り付けられたキャリーカートを指さしている。

早口の中国語はよく聞き取れなかったが、「帮我(=手伝って!)」というフレーズが聞こえたので、コイツをバスに運び込むのを手伝ってくれ、と言っているのだと理解する。

僕は慌てて駆け寄り、「よっこらせ」とその重荷を抱えてバスのステップを上がった。老婆が何かを早口で言う。僕が聞き取れず、すみません、もう少しゆっくり話してください、と言おうとしたとき、背後で「プシュー」という音がして、ドアが閉まってしまった。

「おいおいおい、状況を見てなかったのか? 僕が乗客なわけないだろ!?」

と思ったが、台北のバス運転手にそんな文句を言っても無駄だ。そもそも、僕にはそんなことを言える語学力もない。苦し紛れに心中で毒づいていると、バスが荒々しく動きはじめた。

台北において、最もイラついている人種はバス運転手だといわれている。彼らにとって、乗客を運ぶという行為は決して交通サービスではない。「運送業」とか「物流」といった方がしっくりくる。彼らは僕たちを乗客としてではなく、ただ効率よく運搬されるべきジャガイモか何かだと思っている節がある。

僕は諦めてポケットから悠遊カードを取り出し、精算機にタッチする。「上車!」と機械が無邪気な音声で応答し、僕が意図せぬ運命に乗り込んだことを告げた。電光掲示板を見上げると、初めて目にする停留所の名前が表示されている。どうやら知らない路線に乗ってしまったようだ。

腰のあたりで、先ほどの老婆が申し訳なさそうに何かをまくしたてている。

「あんた、本当は乗るつもりじゃなかったんだろう? 大丈夫かい?」おそらく、そんな意味のことを言っているのだろう。

僕は咄嗟に、「不會不會!」と返し、精一杯のスマイルを送った。

この言葉は、「ええねんええねん!」という感じのフレーズだが、この場面で使うべきものなのかどうかは怪しかった。それでも、彼女が何度も「謝謝、謝謝」と頭を下げる様子を見て、こちらの意思は伝わったのだと理解した。


バスはアトラクションのような激しい揺れを伴いながら、台北の街を駆けていく。

次の停留所で降りるのが賢明だが、特段急ぐ用事もない。もともと、どこか適当なカフェに行って仕事をしようと思っていただけだった。このまま予定を外れた勢いを活かし、雰囲気のよさそうな場所で降りてみるのも悪くない。

そう切り替えて車内を見渡すと、後方の座席に空席を見つけた。僕は老婆に軽く会釈をしてから、その席へと移動し、腰を下ろした。

最後方の座席から車内を眺めると、乗客たちは僕と老婆のやりとりなどまるで見ていなかったかのように、各々の世界に没入していた。

先ほどの老婆を見ると、すぐ近くに優先席が空いているにもかかわらず、金属製の柱を掴んで立ち続けていた。カートを必死に支えながら、猛烈な揺れに耐えている。

その背中を見ていて、ふと、七十代になった父が「電車で席を譲られることがあるけれど、この歳になると座ったり立ったりするのが億劫で、いっそ立っている方が楽なんだ」と話していたことを思い出した。


そういえば、横須賀に住む両親も数年前に車を手放し、今はバスに乗って日用品の買い出しに出かけているという話を聞いた。

もしかして、彼らもまた、あのような使い込まれたカートを引いて、スーパーに通っているのだろうか。そして、バスの段差を前に、重たい根菜や洗剤が詰まったカートを持ち上げようと苦労することがあるのだろうか。

田舎育ちで誰彼構わず話しかけるような父はさておき、他人の世話になることを極端に恐縮する母が、この台北の老婆のように、見知らぬ若者に助けを求める姿は想像がつかない。

窓の外を眺めると、色褪せた看板がひしめき合い、排気ガスに燻されたスクーターの群れが猛スピードでバスを追い抜いていく。紛れもない異国の景色だ。横須賀から遠く離れた街の激しく揺れるバスの最後尾で、見知らぬ老婆に親の姿を重ねているのは、なんだか不思議な気がした。


ガツン!と車体が跳ね上がり、頭を窓にぶつけそうになる。現実に引き戻された僕の視線の先では、老婆が依然として、何事もなかったかのように、バスの荒い揺れに耐えていた。

ふと、ああ、そうか、さっきの場面では「不會」ではなく「没事」と言えばよかったんだ、と気がついた。

KJと、鶴屋町に新しくできたスシローに行ってきた。

台湾から帰ってきて以来、回転寿司ばかり行っている。カウンターの向こうから次々に流れてくる小皿を思考停止で迎え撃ちたくなる日々が続いているのだ。

どうでもいい話だが、僕は大学生になるまで回転寿司に行ったことがなかった。

僕の両親は、回転寿司を寿司と認めていなかった。「こんなものを子どもに食べさせるなんてありえない」という、かなり強めのポリシーがあったように思う。ちなみにファミレスの類もNGだった。(そのため、僕が中学生で初めてひとり旅をしたとき、まず最初にしたことは「ファミレスに入って巨大なパフェを注文すること」だった。)

両親の頭の中では、「回転寿司 = 本物の寿司の廉価版」みたいな構図があったのだと思う。でも、実際のところ(多くの人が体験的に知っているように)回転寿司は寿司の下位互換なんかではなく、まったく別の料理であり、別の体験であり、「外食エンタメ」として独自の進化を遂げた産業でさえある。

回転寿司で回っているのは寿司ではない。寿司に擬態した何かである。これは「本物の寿司に味が劣る」という話ではなく、位相の違いだ。

江戸前寿司が食文化としての伝統を継承する場だとすれば、回転寿司は外食エンタメの革新と最適化の場である。そこに求められているのは固定化された「寿司」の質を高めることではなく、「楽しくて、ついもう一皿取りたくなる工夫」なのだ。

たとえば、回転寿司のサーモンにはチーズが当然のような顔で乗っている。軍艦にはコーンマヨやツナマヨが詰められている。タルタルソースが惜しみなく盛られたえび天や、イベリコ豚、ローストビーフ、ハンバーグ寿司なんてのも回ってくる。逆輸入されたカルフォルニアロールや、韓国料理のキンパなど、他国の料理のエッセンスが無邪気に紛れ込んでいる。メニューには唐揚げやフライドポテト、ラーメン、ハンバーガー、たこ焼きなんてのもある。祭りの屋台を眺めているような気分だ。

プリン、コーヒーゼリー、ガトーショコラ、みたらし団子、フレッシュパインなど、甘味の世界も広がっている。突如パチンコ的演出が発動し、オモチャが転がり落ちてくる。飯を食っていたらカプセルトイがもらえるのである。もはや食事という行為が拡張されている。注文はタブレット、配達は非接触の専用レーンで高速到着するなど、衛生面やユーザー体験に配慮された技術のアプリケーションとしてもかなり成熟している。これはもう近代日本の食と遊びと技術が交差した、総合アミューズメント施設といったほうがいい。そこにあるのは格式ではない。発明なのだ。

したがって、僕の両親が回転寿司を「寿司の代用品」として拒んでいたのは、たぶん的外れだった。ただ、決して頭が固い方ではなく、こうした面白さが伝わる感性はあると思うので、いつか油断しているときに回転寿司に連れ込んでやりたいと思っている。

画像寿司たのしー

さて、寿司をつまみながら、KJからTikTokの「#founderstory」というハッシュタグの話を聞いた。

#founderstory とは、スタートアップを立ち上げた人が「ハーイ! 私の名前はイヴァンカ。先週Googleを辞めて新しいプロダクトを立ち上げたの」「身の回りにあるこんなf**kingな課題をどうしても解決したくなったからね」「今日から100日でこの課題を解決するサービスを育てていくから、その様子をみんなにシェアしていくね〜!」みたいなノリで投稿する、マーケティングを目的とした動画コンテンツに付けられるハッシュタグのことらしい。

まだ自分でちゃんと確認したわけではないのであまり分かったフリをしないようにはしておきたいが、とりあえず僕はこれを「物語消費的なものの一形態だな」と理解した。ナラティブのスナック化だなあ、などと思う。

「AIが台頭してくる中で、『人(ニン)を売る』ことがますます重要になってくる」

「プロダクトにおける『人(ニン)の含有量』をどう増やすかなんだよ」

KJの持論には頷けるところが多い。たしかにその通りだろう。AIが機能を量産する時代には、つくった人間の顔つきや手触りが、判断材料としていっそう重要になるのだと思う。

僕はこの手の起業家の試行錯誤的ジャイアントキリング物語が大好きなので、それがたとえマーケティング用に巧妙に編集されたものであったとしても、けっこう好んで見てしまうと思う。もしKJのような友人がやっていたら、応援がてらフォローして、日々の進捗を楽しくウォッチするだろう。

ただ、それを自分がやるか(たとえばChooningのプロジェクトについて「100日間でやってみる」的な発信をするか)と問われると、たぶんやらない気がする。

僕も情報発信に無関心なわけではないし、言葉を届けようとする意志は持っているつもりだが、自分の主戦場はやはりこういうブログのような、ある程度まとまった文字量を使って、自分の考えや感覚を丁寧に差し出せる場所でやっていきたいと思っている。

これはリアルなコミュニケーションにも通じるのだけど、SNSにおける「いいね!」ボタン的な賛意や同調、それから服屋の「こちらお似合いですね!」のような、言っている内容そのものよりも会話を円滑に進めるためだけに存在している言葉をどれだけもらっても、僕はあまり心が動かない。できればもう少し時間をかけて、相手がこちらの言葉を受け取り、それを自分の思考や感覚のなかに通した上で返してくれるようなやり取りのほうが、僕にとってはずっと心地いい。

思うに、僕が大事にしたいのは、情報の交換というよりも思考の共有なのだろう。その人自身の文脈を通じて構築された返答を受け取ったとき、ようやくそこに対話が生まれている気がする。お互いの価値観や語彙、ものの見方を一時的に借り合うような、相手の頭を通してもう一度自分の言葉に出会い直す、そういうコミュニケーションのあり方が好きだ。

もちろん、反射的なリアクションが悪いわけではないし、そこにはそこにしかない温度や励ましがある。けれど、自分の感受性のあり方として、そういったもので満たされる領域はあまり多くないのだと思う。

できることなら、「僕の言葉をどう受け取ったか」を、相手の論理や感情の構造ごと見せてもらえるような、そういうやり取りの中に身を置いていたい。